
近代から現代までの猫の歴史を一緒に調べましょう。

近代〜現代の間に主要国で猫の立場と存在意義が変わります。時代の変遷を見ていきましょう。
人類が高度な技術と科学力を獲得した近代以降、猫のライフスタイルにも文明の改革に伴う変化が訪れます。現代編の今回は、過去編で紹介した猫の歴史が、現代にかけてどう変化したかを探る内容です。


それでは早速見ていきましょう!
AIと考える「猫」の過去・現在・未来 (第二部:現代編)|近代から現代の猫:時代と共に変化する猫と人間の共生関係
猫のペット化の加速
世界初のキャットショー|19世紀:イギリス
1871年7月15日、イギリスの「水晶宮(The Crystal Palace:クリスタルパレス)」で世界初のキャットショーが開催されます。集まった150匹以上の猫は、品種・毛並み・体重などを審査されました。

このキャットショーは新聞各紙で報じられ、アメリカのタイムズ・ピカユーン紙は「猫が”何世紀もの間見慣れなかった地位”に引き上げられた」と評しています。猫のペット化が加速した時代です。

イギリスでは1824年に世界最古の動物福祉団体「動物虐待防止協会 (後のRSPCA)」が誕生しています。この時代、動物に対する倫理観が多くの人の間で変容していました。

イギリスはこの時代、社会的に猫の存在を”再定義”したように見えます。
ペットショップの成り立ち|19世紀〜20世紀初頭:イギリス・アメリカ
1887年には、イギリスで最初期の猫の登録機関「ナショナル・キャット・クラブ」が誕生。その後アメリカの大都市でも同様の機関が生まれ、人間が”猫の血統”を重要視する流れが芽生えます。

動物商が”血統書付きの猫”を仕入れて販売する「ペットショップ」の初期形態は、20世紀の初頭に確立します。猫の血統を保つための「ブリーダー」が職業として定着したのもこの時代です。

キャットショーの競争激化が”猫を選抜育種する専門家”を生み出し、それまで品種を問わず実用的だった猫は、一部において「意図的に改良される存在」となっていきます。

現代に近い構図が生まれた時代ですね。
猫と世界大戦
軍艦に乗った猫|20世紀初頭〜中頃:アメリカ・イギリス・ドイツ
20世紀初頭から中頃にかけて、人類は二度の世界大戦を経験します。この時、古代から様々な”船舶”に乗船してきた猫もまた、風習や実用的な観点から、各国の軍艦に乗船して戦地へ赴くことになります。

第二次世界大戦中の有名な”船乗り猫”は、イギリスの戦艦プリンス・オブ・ウェールズ号に乗船した”ブラッキー(Blackie)”で、他にもアメリカ軍やドイツ軍の船に様々な猫が乗船した記録が残っています。

現代的なペット化が進んでいた矢先に戦争に巻き込まれた猫は、一部で血統が絶滅の危機に瀕し、一部は野生化し、一部は人間と共に戦死する運命を辿ります。猫にとっても過酷な時代でした。

この狂気と断絶の時代は、多くの人に”猫の存在価値”を再考させたはずです。

人間と同様に猫も”戦争の狂気”に飲み込まれていったのですね。
アメリカにおける戦後の猫の歴史
飼い猫文化の完成|1950〜1980年代
世界大戦後に庭付き戸建て住宅が普及していったアメリカでは、実業家のエドワード・ロウ氏が”粘土質の猫砂”を発明したことで「猫用トイレの臭い問題」が解消し、住宅内で猫を飼う流れが加速します。

1958年、日本の”いなば食品株式会社”が欧米向けに缶詰のペットフードを輸出開始。1959年にはアメリカで初となるウェットキャットフードが「9lives」から発売され、その後ドライフードも普及していきました。

1970年代に入ると、アメリカ獣医師会(AVMA)が”責任あるペット飼育の要素”として避妊・去勢手術を推進し始めます。獣医療の進化に伴い、猫の健康管理と個体数管理が同時に成長を遂げた時代です。

「史上最高齢の猫(38歳と3日)」としてギネス記録に残るテキサス州の雌猫”Creme Puff (クリーム・パフ 2005年没)”は、戦後アメリカで進化した飼い猫文化を象徴する「平均寿命の増加」を物語ります。
TNRと地域猫活動|1990年代〜現在
20世紀末に完成したペットビジネスは一部で”猫の生態”に無頓着な飼い主を増やし、また悪質な業者が猫の命を”流行と在庫”の論理で扱った結果、アメリカ全土で「野良猫問題」が深刻になっていきます。

捕獲され施設に収容された野良猫の多くは殺処分されていましたが、こうした猫に対する人道的なアプローチとして、1990年代に非営利団体Alley Cat Allies(外部リンク)が”地域猫活動”を始めます。

同団体が手掛けたのは、野良猫の繁殖を人為的に抑制するTNR「Trap(捕獲)・Neuter(不妊去勢)・Return(元の場所に戻す)」を行う活動で、この取り組みは徐々に全米各地へと広まっていきました。

現在アメリカでは”里親探し”のネットワークも拡大し、殺処分を行わない保護施設も増加中です。「飼い主を持たない猫の命」を最大限に守る支援の輪は、今後も各地へ広まっていくことでしょう。


地域猫活動には反対意見も存在します。野良猫問題は、”自由と管理のバランス”をどこに置くのかという、動物と人間の共生社会における根源的テーマの縮図です。

殺処分とは対極にある野良猫対策がTNR活動なのですね。
日本における戦後の猫の歴史
高度経済成長期と捨て猫問題・法改正|1950年代〜現在
大戦後の高度経済成長期、日本では都市開発と戸建て住宅の建設が急ピッチで進みます。ただ人々の生活様式が大きく変化する一方、飼い猫は依然として”放し飼い”が主流で、不妊去勢手術の普及も限定的でした。

自由を謳歌する猫の旺盛な繁殖力に対して人間側の適切な管理体制が追いつかない状況下、日本各地で”捨て猫”が社会問題化。アメリカと同様、行政による野良猫の殺処分増加という状況を生み出していきます。

80年代に入り日本がバブル経済へ突入すると猫はカルチャーの一部としても流行し、ペットショップでの猫販売数も増加しますが、殺処分数はその後も増え続け、平成元年(1989年)に頂点(32万8千匹)を迎えます。

この状況を受けて1999年に動物保護法が「動物愛護及び管理に関する法律」に改定。規制と罰則を強化した後に数回の改定を経て、2022年には”販売猫にマイクロチップを埋め込むこと”が事業者に義務化されます。

急速に猫のペット化が進んだ日本では、江戸時代に定着した「猫の放し飼い文化」を引きずった影響で野良猫を増やしますが、今は殺処分数も激減しており、猫に対する意識も大きく変化したと言えるでしょう。

現在の日本は「殺処分ゼロ」を掲げる自治体や地域猫活動も増え、猫を飼うならペットショップではなく保護猫から、という選択肢も当たり前になりつつあります。

ここ数十年で日本は猫の扱い方を社会的に変化させましたね。
イギリスにおける戦後の猫の歴史
猫保護連盟(Cats Protection)の活躍|1949年〜現在
1927年に創設された猫の慈善団体Cats Protection(外部リンク)は、大戦で傷ついた猫の支援を行い、1949年には去勢手術を推進します。イギリスでは早い段階から猫の福祉に目が向けられていました。

同団体は1931年から現在まで続く猫専門誌”The Cat”を通して、猫の飼い主や里親に向けた啓蒙活動を行いつつ、1994年には全支部にマイクロチップ制度を導入。地域猫への地道なTNR活動も続けます。

2024年には、こうした活動に呼応する形でスコットランド、ウェールズ、北アイルランドを除いたイングランド地方の飼い猫(生後20週以上)に”マイクロチップ装着”を義務付ける法案が施行されました。

Cats Protectionは現在、支部ネットワークを通じた年間数千匹に及ぶ猫の里親募集、ペットロスの電話相談、飼い主死亡後の猫の世話なども行っています。イギリスにおける猫保護のパイオニアです。

世界的に有名な保護猫「ラリー」
保護猫出身のLarry (ラリー)は、2011年に英国政府から正式に”内閣府主任ネズミ捕り”という称号を与えられた猫で、2026年に在任15周年を迎えました。SNSでも頻繁に取り上げられる世界的に有名な猫です。

英国政府の公式HP(外部リンク)には、ラリーの役割はネズミ捕りだけではなく、来客の出迎えや防犯設備の点検、アンティーク家具の寝心地を点検することも任務であると、ユーモアを交えて記載されています。

ラリーが住む”ダウニング街10番地”は、3階に首相官邸を持つ築300年以上の歴史ある建造物で、頻繁にネズミが出現することから、この元保護猫は”古代の猫の役割”を政府の管理下で忠実に果たしていると言えます。

ラリーが”元保護猫”というのは非常に示唆的で、19世紀に世界最古の動物福祉団体が生まれたイギリスには、長年に及ぶ近代的な動物愛護と保護の精神が根付いているようです。

官民ともに”現代における人類と猫の共生”を理想的に実現していますね。
フランスにおける戦後の猫の歴史
野良猫(Stray)から自由猫(Chat Libre)へ|1947年〜現在
大戦後のパリでは戦前から続いていたキャットショーが再開され、飼い猫文化が華やかさを増していく一方、郊外では野良猫が増え続け、1970年代まで役所による捕獲と安楽死処置が行われていました。

1978年、前年に起こった”野良猫の捕獲と安楽死”に反対する団体のメンバーによって、一匹の野良猫が不妊手術を受けた後、印を付けられて居住地のモンマルトル墓地へ戻されます。猫の名前は”ニコラ(Nicolas)”です。

TNRを最初に受けたニコラは、”フランスで初めて自由を謳歌した猫”と呼ばれています。フランスでは現在、不妊・去勢手術を受けた後に識別登録された猫を「Chat Libre(自由猫)」と呼び、野良猫とは区別して扱われています。

フランスの自由猫は、市長や保護団体を責任者として国家データベース(I-CAD)に登録され、法的に保護されたステータスを持ちます。つまり”身分が保証されたフランス市民猫”です。

自由猫は”行政公認の地域猫”なのですね。
ドイツにおける戦後の猫の歴史
動物福祉連盟が訴える野良猫問題
戦後のドイツでは1972年、動物の虐待を禁じる「連邦動物保護法 (Tierschutzgesetz)」が制定されましたが、2026年現在、この法律では動物虐待を防ぎきれないとして、さらなる改訂が求められています。

ドイツ動物福祉連盟(Deutscher Tierschutzbund)の報告では、現在ドイツには数百万匹の野良猫が存在し、99%が何かしらの病気にかかっています。”人間の助けを必要とする猫”が非常に多い状況です。

人間との共生関係が長い現代の猫は、人間に依存する生態に変化しています。連盟の報告によると、野良猫に”何も処置しない”場合の平均寿命は約6ヶ月と短く、連盟は適切なケアとTNR活動の必要性を訴えています。

連盟は現在、マイクロチップ装着を含む識別プログラム「FINDEFIX」を展開中で、加盟団体は地道なTNR活動を行っていますが、野良猫問題には自治体毎に温度差があり、今後は格差の解消も焦点となりそうです。

ドイツには現在500箇所以上の動物保護施設「ティアハイム」が存在しますが、施設の数の多さは同時に「保護を必要とされる動物」の多さも物語っています。

ドイツの野良猫問題はまだ続いていきそうです。
イタリアにおける戦後の猫の歴史
ガッターレ(Gattare)とコロニー (1950年代〜現在)
大戦後、数十年間政治的に不安定だったイタリアにも野良猫が数多く存在していましたが、貧しいながらも餌やりをして面倒を見る猫好きの市民「ガッターレ(Gattare)」によって長年愛されてきました。

1991年に「ペットの遺棄禁止および野良犬・野良猫の保護に関する国家法 (281号)」が施行されると、猫の殺処分は原則禁止となり、野良猫には特定エリア”コロニー”に生息する権利が付与されます。

現在、イタリアでは役所に登録されたコロニーでガッターレの給餌と世話が法的に保護され、ローマ市は”猫は都市の歴史遺産”と宣言しています。コロニーに指定された遺跡で暮らす猫たちは、その象徴的な存在です。


地域格差やTNRの予算不足といった課題は今も残っていますが、イタリアは法と文化によって猫の権利を守っている国家と言えるでしょう。

イタリアは”猫に寛容な文化”を構築しましたね。
現代編まとめ
近代から現代の歴史の中で、猫は世界の文芸作品や映像作品にも多く登場し、私たちの身近な存在としての地位を確立します。現代になって完成した”猫のペット化”は、多くの人に「猫がいる日常」をもたらしました。

そんな中、人類と猫の共生関係の歪みが”野良猫”という社会問題を生み出します。飼い猫として大切に扱われる猫がいる一方、人知れず静かにその命を閉じる野良猫も数多く存在する状況になったのです。

世界の先進国では現在、TNR活動などを通じて野良猫の繁殖を制御し、保護猫や地域猫として延命させる取り組みが行われています。ただし反対意見も根強く、合意や理解が得られないこともあります。

人類は今、歴史と文明の変遷で置き去りにされた猫について考え、行動するフェーズに突入しています。全ての猫を守るために必要なことは何か?猫との共生文化を築いてきた人類の大いなる課題です。

最後までお読み頂き、ありがとうございました!


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