日本語には、一人称を表す言葉が非常に多いと感じます。これは世界と比較しても突出していますか?
日本語の一人称の多様性は、世界的に見ても特異です。他言語にも一人称を表す異なる言葉が存在しますが、日本語ほど多様ではないです。
「ぼく」「わたし」「俺」「わて」「ワイ」「自分」「うち」「あたし」「アタイ」「拙者」「吾輩」など、日本語には無数の一人称が存在します。
前から疑問に思っていたことがこの多様性で、世界と比較してなぜ日本だけ一人称がバリエーションに富んでいるのかが気になっていました。
今回は日本語一人称の多様性について調べつつ、海外における一人称のバリエーションや、AIを活用した日本語保存の未来にも迫っていきます。
それでは早速見ていきましょう!
日本語に一人称が多い理由
日本語の一人称の多様性は、日本語の文化的な側面とも強く関連しています。
AIの考えでは、現代の日本で用いられている一人称は、性別、年齢、社会的な地位、話し相手との関係性、文脈などに応じて使い分けられることが多いということです。
ビジネスの世界で「俺」「ワイ」「わて」といった一人称は初対面の相手に対して失礼にあたるため、適宜「わたくし」などに置き換えて使いますよね。
親しい間柄の人物と会話する時に用いる一人称と、初対面もしくは目上の人などに向かって使う一人称に違いが出る、というのは日本固有の文化です。
その点英語では性別やビジネス・日常を問わず「I」だけを用いるので楽ですね。
この多様性は、小説やアニメ・映画などで多彩な人物の印象を特徴づける意味でも重宝します。
年老いた男性が「わし」と言ったり、子どもが「ぼく」「わたし」と言うのは、これまで様々な媒体で繰り返されている表現方法で、日本に生まれると自然と身についていきます。
和を大切にする価値観
日本の文化では、相手の感情や立場を重んじる「和」を大切にする価値観が深く根付いており、自分の意見を直接的に表現することを避ける傾向が見られます。
「令和」という元号を英語にすると「Beautiful Harmony」だというトピックが盛り上がったことがあります。これは直訳すると「美しき調和」です。
AIは例として、「私」と「自分」の使い分けについて「自己主張を抑えつつも自己を適切に表現するためのツール」と判断しています。
「私」は他と比べて中立的で丁寧な印象を与える一人称で、「自分」は自己を表現しながらも少し距離を置いたニュアンスを持つ一人称、というのがAIの分析です。
場面や心情に応じて様々な使い分けができる点も日本語一人称の特徴ですね。
また、「僕」は主張を抑えた柔らかい印象を与え、「俺」は親しい間柄で使われるものの、一定の強さを示すために使われる一人称である、とAIは見ています。
これらの微妙の使い分けは、相手との関係や場の空気を重視する日本文化の「和」から生まれているというのがAIの主張です。皆さんはどのように感じますか?
海外における一人称のバリエーション
一人称の多様性は、本当に日本固有のものなのでしょうか?ここでAIに異なる言語圏のバリエーションについて尋ねてみましょう。
英語圏
英語圏では、伝統的な一人称は「I」に限られますが、スラングやインターネット文化ではユニークな自己表現が発展しています。
英語圏では、主にSNSやインターネット上で若者が「Your boy」や「This guy」といった三人称的な表現で自分自身を指すケースがあります。
そうした一方で、ジェンダーの多様化を反映した「性別にとらわれない一人称」の探求も進んでいるようです。「I」以外の何かが生まれるかもしれませんね。
現代の若者が「自分たちの言葉」を生み出していくスタイルは、世界共通です。
中国語圏
中国語では「我(wǒ)」が一般的な一人称ですが、ネット文化の中で若者が使うスラング的な自己表現が登場しています。
AIによると、「本宝宝(běn bǎobǎo)」という一人称の新しい表現は、「可愛らしさ」を表現するために使われることがあるそうです。
「宝宝」は「赤ちゃん」を意味する言葉で、これを一人称に用いることで自分を「少し幼い感じ」に見せる、というスタイルです。
他にもまだ色々な一人称のバリエーションが生まれてきそうですね。
その他の言語圏
フランス語では「moi」「je」が一般的ですが、親しい間柄で「moi-même(私自身)」のような自己強調表現が使われることがあります。
また、ラテンアメリカのスペイン語では、スラングとして自分を「yo(私)」ではなく「uno(人間としての自分)」という三人称的に表現することがあるそうです。
海外でもジェンダーレスの浸透やスラングの発展に応じて「新たな一人称」のバリエーションが誕生していますが、やはりその総数は日本に比べて少ないのが現状です。
日本語を学習しようとする外国人の方もいらっしゃると思いますが、時代の変遷や文化によって生まれた一人称の多様性を理解するのは、結構ハードルが高いと思います。
こうして見ると、改めて日本語一人称の多さに驚きますね。
日本語一人称の未来
時代の変遷と共に多種多様なバリエーションが生まれてきた日本語一人称。現在も利用されている言葉がある一方で、使われなくなった言葉もあります。
日本語一人称の特異な多様性を後世へ残すことはできるのでしょうか?
AIには大量の情報を迅速かつ正確に処理し、様々な時代や地域で使用された日本語のバリエーションを分析・保存する能力があります。
AIに記録させる試みには、事前に大量のデータを与えることが必須となりますが、異なる時代や地域で用いられてきた日本語一人称を記録する良い方法論だと思います。
時代ごとに変わってきた一人称の種類をAIにデータベースとして残すことができれば、これから生まれてくる後世の人々が日本語一人称の変遷を追体験できます。
AIが日本語の歴史や文化的表現を後世に伝えていくサポートをする、という未来は、技術の進展とともに現実味を帯びてきていると思います。
今を生きている私達は、日常にあるものや他愛もない会話を「当たり前のもの」として扱っていますが、時代を経るとその意味が忘れられがちです。
「この時代の日本人は、自分たちのことをこんな言葉で表現していたんだ」と後世の人々が知ることができれば、それは文化にとって有益なのではないでしょうか。
一人称の保存のみならず、日本語の歴史と多様性を気軽に閲覧できる未来が生まれてほしいです。
最後までお読み頂き、ありがとうございました!
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