私はiZotopeのRXシリーズにあるDe-Clip機能を用いて、音圧が高い音源のDR値を上昇させる試みをしています。
De-Clip機能を使って、音圧が高い音源のDR(ダイナミックレンジ)値を上昇させる試みは、非常に効果的なアプローチです。
前回の記事では、音楽業界に根強くはびこる問題「ラウドネス・ウォー」の成り立ちや問題点についてAIと対話を行ってきました。
後編となる今回はユーザー側の自己防衛手段について、そして音声編集ソフトにAIを組み込むことで、音圧至上主義の音源にどのような改善をもたらすことができるのか考察します。
まずは私が実践しているダイナミックレンジの復活方法をお伝えします!
音声編集ソフトによる波形の復元
私が愛用している音声編集ソフト、iZotopeのRXシリーズに搭載されているDe-Clip機能は、クリッピングされた波形を修復できるデジタルツールです。
音声編集ソフトに楽曲を取り込むと、下図のように波形で表示されます。ここで0dbを突き抜けている波形がクリッピングで、これが音質の劣化をもたらします。
De-Clip機能を使うと、クリッピングされた波形をアルゴリズムを使って修復し、本来の波形に近づけることができます。操作もそれほど複雑ではありません。
単純にゲインを下げてしまうと、0dbで切れていた波形の先端部分が復元できないため、聴覚上は全く変わらない「ボリュームが小さい海苔音源」になってしまいます。
音声編集ソフトが持っている独自のアルゴリズム補完機能を併用することで失われた先端を復活させ、ナチュラルな波形を取り戻していくイメージです。
出力される結果は音源によって異なり、時には思い描いていたような形にならないこともありますが、DRで表されるダイナミックレンジは間違いなく改善します。
一般的にダイナミックレンジの数値が大きい音源は耳に優しく、数値が低いものほど長時間の試聴で耳に悪影響を及ぼすため、自己防衛手段としておすすめです。
修正後の音源は、耳に優しくマイルドな聴き心地になりますよ。
注意していただきたいのは、音声編集ソフトに取り込んだ楽曲に何らかの修正を加えた時点で、その音源が「アーティストが意図しないもの」に変わる点です。
ただその一方で、自分でお金を出して購入した音楽を個人のみの利用範囲で改変していくことは自由なので、気になったらやらない手はありません。
DR値が極端に低く、難聴になる可能性を持つ楽曲を我慢しながら聴く、というのは私には耐えられないので、この手段を積極的に活用しています。
De-Clipで期待される効果
・圧縮されすぎた音源に本来のダイナミズムを取り戻すことで、リスニング体験が向上します。
・DR値の改善により、音楽がより自然で、奥行き感のある音として再生されるようになります。
AIによるダイナミックレンジ復元の未来
上記のセクションでお伝えしたDe-Clickの原理と手法を、AIの力を借りながら更に精度を高めたものにすることはできないものでしょうか?
AIがダイナミックレンジを復元する、という未来について聞いてみましょう。
音源編集ソフトにAIを組み込んだ場合、楽曲のダイナミズムを予測・補完しながらデータ修正することはできますか?
AIの音声処理能力が進化すれば、過度に圧縮された音楽を「元に戻す」ことが可能になるかもしれません。
2022年に発売されたビートルズの「リボルバー」スペシャル・エディションでは、4トラックに収録されていた音源を分離する「デミックス」の手法が用いられました。
従来の手法では分離できなかったギターや単一のボーカル、バスドラムなど「個々の音」を抽出できるこの技術には、AIのテクノロジーが活用されています。
AIにこの処理ができるのであれば、無惨な海苔波形になってしまったラウドネス・ウォーの犠牲者たちを鮮やかに蘇らせることができるかもしれません。
AIが考える「失われたダイナミックレンジ」の復元プロセスは以下の通りです。
元の音源解析
AIが圧縮された音源を解析し、周波数帯域やダイナミクスが本来どのような音量差を持つべきだったかを推測します。
過去の楽曲データを参照することで精度の高い予測が可能になるそうです。音圧至上主義の音源は無数にあるので、サンプル数には困らないでしょう。
ダイナミクス復元
コンプレッションやリミッティングの影響を部分的に取り除き、本来のピークやクレッシェンドを復元します。これにより、音楽に自然な「緩急」が戻ります。
AIに対して事前に数々のデータを学習させることで、さらに高度な復元が実現する可能性があります。実現するのが非常に楽しみですね。
人間とAIの協力
人間がチェックを行うことで適したバランスに仕上げることができます。これにより機械的に処理するのではなく、クリエイティブな方向性に基づいたダイナミクスが提供されます。
出来上がった修正音源を聴いた人間がAIへ意見を送れば、AIはそれを汲み入れた上で様々な異なる出力を提示するはずです。面白い未来が見えてきました。
De-ClipにAIの力が加わったら、スゴいことが起こりそうですね。
実現の可能性と課題
上記はAIを音源修正のバーチャル・エンジニアにできるかもしれない、という点で興味深い話でしたが、AI自身はこのコンセプトが実現するための課題も提示しています。
正確な復元の難しさ
音圧が過度にかかった音源では元のダイナミクスが完全に失われている場合があり、AIが予測するしかない部分も多くなります。
復元された音がスタジオで鳴っていたものと一致する保証はなく、ある意味で「捏造」されたデータが生まれる可能性も否めません。
芸術的意図の理解
AIが正確にアーティストの意図を汲み取れるかどうかが大きなポイントです。その楽曲固有の表現をどれだけ尊重できるかが重要になります。
アーティストが「あえて潰れた音」を目指して楽曲をミキシングした場合、どこまでをもって「復元」と決めるかは難しい問題になりそうです。
AIによる音楽のダイナミクス復元は理論的には可能で、今後の技術進歩によって実現される可能性が高いです。しかし、いくつかの課題もあります。
修正マスタリングへの期待
ここまで、音声編集ソフトで海苔波形を修正する方法、そしてAIを組み込んだ場合の未来予想図を見てきました。課題もあり、複雑な問題もあります。
個人的には、メタリカが『デス・マグネティック』を再マスタリングしたように、かつて著しい音圧上げを行ったアルバムは全て再発行して欲しいのが本音です。
そうした音源の多くが若者を難聴の危険に曝しているので、実現して欲しいところです。
ただし、アーティストによっては海苔音源にこだわる人がいるかも・・
音楽は芸術であり、それを改ざんするなどもってのほか、という意見もよく分かります。私もできる限りアーティストが意図した状態の音楽を聴いていたいです。
ただしそれが過剰に音圧を高めた楽曲の場合、アルバムの最後まで聴くことは苦行で、何で趣味で苦しめられなくてはならないのか、とも思います。
業界全体で意識改革を進めてもらいたいところですね。
高度なダイナミックレンジ復元が実現可能になった場合、レコード会社が修復されたリマスター版をリリースする可能性はあるでしょうか?
可能性は十分に考えられます。市場にはリマスターに対して一定の需要があり、特に音質向上を求める音楽愛好家は大きな関心を持っています。
音質向上の需要
圧縮されすぎた音源に対して、より自然なダイナミックレンジを持つバージョンを求める声は多いです。AI技術が音楽の本来のダイナミズムを復元できるレベルに達すれば、こうした音源の再リリースは注目を集めるでしょう。
海外の音楽愛好家が集うフォーラムでもこの話題を持ち出す人は多く、ラウドネス・ウォーの犠牲者となったアルバムをやり直して欲しいという需要は常にあります。
マーケティングの観点
レコード会社は、技術革新を利用して過去のアルバムを新しい形で販売する傾向があります。AIを使って音圧問題を解消し、オリジナル音源を「ダイナミックレンジ復元版」として売り出すことは、新たな収益源になる可能性があります。
前述したビートルズの「リボルバー」スペシャル・エディションがまさに技術革新の応用にあたります。これらと同じことがラウドネス・ウォーの犠牲者にも起こって欲しいです。
ビートルズを皮切りに、様々なアーティストへ派生して欲しいですね。
アーティストの関与
アーティスト自身が、かつてリリースされた音源のクオリティに不満を持っている場合、AI技術を使って、よりクリエイティブな音質で再リリースすることも可能です。
過去にリリースされた特定アルバムのミックスを後年やり直すアーティストが居るのは事実です。
予算や時間の都合で正式リリース日を迎え、その後「本来はこうしたかったんだ」と修正することは、別バージョンの存在意義として十分に成立します。
これにより、過去の音楽作品が新しい命を吹き込まれ、音楽ファンやコレクターにとっては価値あるコンテンツとして再び注目を集めるでしょう。
名盤と呼ばれるアルバムであれば、後で様々なエディションで再発しても、一定のファンが買い求めることは間違いありません。私もそんな一人です。
アーティストが世間の声に気づいて、オフィシャルとして改善版を発売する未来を期待しています。
その日が来るまで、私は今まで通り音声編集ソフトで自分が納得できる改善を行いながら、ライブラリを充実させていくことになると思います。
最後までお読み頂き、ありがとうございました!
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